Ⅳ 精神科学自由大学の諸部門/自然科学部門

出典:Die Freie Hochschule für Geisteswissenschaft Goetheanum, Zur Orientierung und Einführung, 2008 Dornach, S.55-60

訳:石川恒夫

自然科学部門
Naturwissenschaftliche Sektion

ヨハネス・キュール
Johannes Kühl

認識の基礎と方法

自然科学部門において、世界中の研究者と教師は、程度の差はあっても緊密なネットワー クの中で共に仕事をしており、その仕事をアントロポゾフィーとゲーテアヌムとの結びつ きの中で行おうとしています。私たちのこの仕事は三つの視点に分けられます。
学問的諸成果:≪善き≫自然科学の成果は、アントロポゾフィーと矛盾するものではあ りえないがゆえに、片やその諸成果はいつもアントロポゾフィーを豊かにし、またその逆 にアントロポゾフィーの探求は、自然科学の成果への眼差しを豊かにします。近年、力が 注がれてきたことは、アントロポゾフィーからの視点と方法(例えば繊細な結晶化の問題) を、公的な自然科学の議論の場へ導入することです。ゲーテ主義的方法:アントロポゾフィー運動に於いては、自然科学はその運動の初期か ら特別な役割を演じていました。シュタイナーが認識論的な基礎を自然科学的な直観との 論争の中で、そして自然科学を示唆するあの時代の認識論との論戦の中で発展させたがゆ えのことです。この関連においてシュタイナーは、ゲーテの意義を未来の自然科学の可能 性としてたえず強調してきました。それゆえ、部門で働く多くの人が、自然科学者として ゲーテの方法を適合させることを課題とし、様々な領域に応用し、例えば自然科学の授業 を豊かにすることを試みてきました。こうして多くの専門領域において膨大な数の仕事と 著作が生まれてきました。瞑想的修行:シュタイナーによる一連の示唆があり、アントロポゾフィーによる瞑想的 な修業の道として、自然科学者のための特別な要請と可能性を含むものであり、例えば生 命の諸関係や形成力をただ理論的に考えるのみならず、思考しつつ体験するためのもので す。ここでは直接ゲーテ主義的態度から出発し、さらなる仕事の領域が広がっています。 そこでは感覚界への愛情に満ちた傾倒から、対象への意識、事物への意識をとおしてより 深い、生き生きとした自然への理解のための道筋を可能とする能力が展開されるように、 と。
この三つの視点は、互いに浸透しあっています。そこに共通しているのは、「現象をベー スとした科学」を発展させる意志であり、現象の中で思考しつつ、見出された諸関係を真 摯に受け取り、瞑想的な認識の態度をもって正当に評価することにあります。このような 深化した研究は、様々な生活領域への結果をもちうることが可能であり、自然との関わり の中にあって、例えばランドスケープデザイン、バイオ・ダイナミック農法、薬学的なプ ロセスの開発や理解、そして学校でいかに自然科学を教え導くかの方法について展開され ていくものです。

部門の略歴

自然科学部門は1923年のクリスマス会議に設立されました。シュタイナーはギュンター・ ヴァクスムートを最初の部門代表に任命し、その際特にその直前に出版された『宇宙と地 球と人間のエーテル的な形成力』との関係を示唆しました。 ヴァクスムートはクリスマス会議以前にすでに、数年の間、エーレンフリート・プファ イファーとともに、シュタイナーと自然科学的な諸問題について定期的に討論してきまし た。そしてヴァクスムートは、特にゲーテアヌム再建の重責を担う、普遍アントロポゾ フィー協会の財務担当の仕事と並行して、生き生きとコーディネートと研究と出版の活動 を展開しました。彼はとりわけその著作において、文献から取り出した(選び出した)科 学的な諸成果に対してアントロポゾフィー的な解釈を試みました。加えて一連の文章を集 めたものがあります。ヴァクスムートが部門代表である間に、プファイファーはゲーテア ヌムのグラスハウスと名づけられた建物で、銅の塩化物を用いた繊細な結晶化の方法と取 組み、パウル・オイゲン・シラーは当時注目されていた振動に敏感な炎を用いた実験を貫 徹し、様々なルドルフ・シュタイナーの示唆を究明しました。 ヴァクスムートの死後、生物学者ヘルマン・ポッペルバウムが1963年に部門代表を担 い、ゲーテ主義的な様々な問題、特に進化に取り組みました。繊細な結晶化の問題はなお 続行されました。1960年代半ば、一連の、特にドイツの科学者によって、部門コレギウム が部門代表の下で発足し、このコレギウムから1971年に生物学者ヨッヘン・ボッケミュー ルが部門代表に招聘されました。 ボッケミュールは特に、様々な条件のもとで成長する植物の葉の並びから出発し、エー テル的なものへの新しい、思考する道筋を発展させました。それは物理学者ゲオルグ・マ イアーとの協働が欠かせないものでした。この時代の部門の仕事の頂点として、様々な著 者による「エーテル的なものの現象形式」(シュトウゥットガルト、1976年)、「グリー ン80」の展覧会カタログ「生命の諸関係を認識する―体験する―造形する」 、「アントロポゾフィー・自然科学研究年」の開設、これはときに30名の学生が在籍し、活発な関心 から1970年代に発展し、1990年代まで続きました。その後学生数の減少により閉鎖されま した。
1996年以来、ヨハネス・キュールが部門を担っています。

研究共同体における現代の協働

部門活動を育成するために、部門代表は定期的に、様々な国や専門分野の自然科学者か ら構成される部門コレギウムと共に仕事をしています。加えて多くの国に、部門の地域的 なグループがあります。様々なジャンルで専門グループが協働しています。例えば普遍生 物学、植物栽培(品種改良)、遺伝学、薬物学、地理学、化学、物理学、水の問題、映像 を形成する方法など。 これら全ての領域において、現代の自然科学やテクノロジーの発展をとおして、サスティ ナブルな人間と自然との関係の希求をとおして生じてくる特殊な要請があります。機会あ るごとに、自然科学の成果がアントロポゾフィーと一致しうるのかという問いと取り組ん でいます。 さらには一連の研究機関があり、その仕事を大なり小なり部門との関係の中で位置づけ、 あるいはこの関係のために寄与しようとしております。ハーレムビレHarlemville(アメリカ)の「自然研究所」、オランダの「ルイス・ボークLouis Bolk研究所」、ドイツ、ヴィッテ ン・ヘルデッケの「進化生物学研究所」、ドイツ、カッセルの自由ヴァルドルフ学校連盟 における「教育研究所」、ヘリシュリートの「流体科学研究所」、ニーフェルン・エシェ ブロンの「カール・グスタフ・カールス研究所」などです。 ついで部門は農業部門とともに、ドルナッハで固有の研究機関を運営しています。ここ では、他の場所ではできないようなテーマや方法を取上げることが試みられています。こ れらの作業は、人間の諸体験を真摯に受け取り、内容豊かな思考作業がアントロポゾフィー の多くの内実との確実な関わりを可能にするという確信に担われています。他方協働者は、 作業週間や会議の準備をとおして、出版物の援助などをとおして、部門ネットワークを育 成しつつ共に学んでいます。他の機関のほかに、様々な大学、治療薬企業(ヴェレダ、ヴァラ)、ヴァルドルフ学校運動の様々なフォーラムとのパートナー関係が挙げられるでしょう。

展望

さらなる発展のために一連の課題が挙げられます。 研 究:取り急ぎ取り組むべき研究課題の一部は、アントロポゾフィーの実践から、農 業から、薬学から、教育学から出てきます。以前にもまして、これらの諸領域においては、 その正当性をより深く理解することなく、処方箋に基づいて実行されてしまう多くの事象 があります。他の問題として、今日の社会から導きだされる要請があります。つまり、い かに私たちは遺伝学的に手を加えられた有機体を根拠づけつつ評価することができるので しょうか。また、それらは異なる生息(環境)条件のもとでどのようになるのでしょうか。 結局のところ、歩み始めた道をいわゆる「像形成の方法(bildschaffende Methode)」の重要性(有効性)に向けて促進することが大切でしょう。 協 働:この「像形成の方法」のさらなる仕事のための前提は、この領域での協働を強 化していくことです。過去数年の仕事は、進化の領域で仕事をする仲間は、研究の成果と、シュタイナーの示唆に対する共有の視線からなお遠く隔たっているということを明らかに しました。類似のこととして、様々な側面から「形成力」のテーマで仕事をする人々が共 に討論していく最初の試みが生じました。 教 育:とりわけ全体的(総合的)な、ゲーテ主義的―アントロポゾフィーの自然科学 に根差した教育を構築することが課題となります。加えて、ニュースレターをとおして英 語版を提供することが緊急に求められています。その準備がアメリカで進んでいます。

基本文献:Rudolf Steiner: Grundlinien einer Erkenntnistheorie der Goetheschen Weltanschauung, GA2(ゲーテ的世界観の認識論要綱)/Rudolf Steiner: Grenzen der Naturerkenntnis GA 322(自然科学の限界)
出典:Die Freie Hochschule für Geisteswissenschaft Goetheanum, Zur Orientierung und Einführung, 2008 Dornach, S.55-60
翻訳:石川恒夫