邦訳資料
Ⅳ 精神科学自由大学の諸部門/美学部門
出典:Die Freie Hochschule für Geisteswissenschaft Goetheanum, Zur Orientierung und Einführung, 2008 Dornach, S.83-88
訳:石川恒夫
美学部門
Sektion für Schöne Wissenschaften
マルティナ・マリア サム
Martina Maria Sam
学問と芸術との架け橋
ルドルフ・シュタイナーが1923年12月28日に精神科学自由大学を設立したとき、シュタイ ナーは個々の専門<領域>が輪となって結ばれるように、美学部門を開設しました。その
時シュタイナーは次のような言葉を添えて、また彼が見込んだ部門責任者の推薦、紹介を したのです。シュタイナーは語ります。「一般にフランスで”belles-lettres”(美しい文学) と呼ばれている領域に対しては、ドイツではSchöne Wissenschaften(美しい学問=美学) と表現されます。(中略)ここにその部門をつくることは許されるでしょうし、つくらな ければなりません。」それは、「人間の認識の中に、美と美学と芸術的なもの」をもたら したものだ、と彼は述べました。シュタイナーはクリスマス会議の一ヶ月後に「お知らせ(Nachrichtenblatt)」として発刊した、自由大学設立の報告書の中で、この部門の特性に ついて語っています。「かつては『美しい学問=美学』というイメージがありました。そ れは本来の学問・科学と、人間の創造的なファンタジーがもたらす芸術作品との間に橋を 架けるものだったのです。」 ルドルフ・シュタイナーにはしかし当時すでにはっきりしていました。この領域は今日 の文化ではもはや意識的に育まれてはおらず、それゆえ、その名称にいたるまで、部門の 課題についてのはっきりしたイメージをもつことができないことが。「近代が『学問・科 学』について育んだ視点は、『美しい学問=美学』を完全に背後に、―後に確認するよう に、「文明の災い」にまで―追いやってしまった。」
その後80年が経過しましたが、このことが改善されたわけではありません。つまり、19世紀初頭に「美しい学問=文芸」―アカデミーの領域における文学、言語学、美術史、音 楽学、演劇学、歴史学、文化史、メルヘン学、神話学など―を切り離していたいわゆる「精 神科学」は、学問及び、芸術・認識・造形との間に橋をかけるという根源的な委託からま すます離れてゆきました。
「精神」は一つの抽象ではなく、前の理由からリアルな存在として考えられるべきであ るという、アントロポゾフィーの精神科学の前提のもとに、全く異なる認識の眼差しが生 じてきます。精神が人類の芸術的、文化的な成果において明るみにだされるところで、精 神はその啓示の形態からそらされるのではなく、抽象化されるのではなく、むしろその具体的な現われを真摯にうけとめつつ、それが表現される現象のイメージにおいて体験され るべきであるということです。
ルドルフ・シュタイナーが例えば1923年6月9日の講演の中で用いた意味で、「美しい」 という概念を理解するならば、つまり「美しいものは、その内面が表面に現われるもので ある。」とすれば、美しい学問=文芸は、認識の領域において、認識されるべきものの本 質を、その現象のしぐさやあり方において解明しようと努める学問にほかなりません。 このような認識の体験の中で、認識の主体と認識の対象との間の分裂はもはや維持する ことはできません。認識する人は、芸術家がいつもするように、個的に造形するあり方の 中で、認識のプロセスの中へ自らをもちこまなければなりません。しかしそれは、自ら本 質的に啓示するものから出発するのであり、恣意的なものではないということです。
詩作、随筆、研究の協働のための契機
最初の部門代表であるアルベルト・シュテフェン(Albert Steffen)以来、美学部門と結ばれ ていると感ずる多くの個性が、この意味で仕事をしてきました。ルドルフ・シュタイナー が「素晴らしい「美しい学問」の代表者」と評価したアルベルト・シュテフェンは、彼の 詩作、随筆活動において、「アントロポゾフィーによって鼓舞され、深められた固有の認 識の作業を、芸術的な形式によって、読者に「美学」として手に届くものにする努力を怠 りませんでした。フリードリヒ・ヒーベル(Friedrich Hiebel)は、この作業を継続し、たえず 「美しい学問の」意味において形作ることを捜し求めた彼自身の作品のほかに、会議や研 究する協働のためのきっかけをつくり、意識的に美学の領域を拡大することを行いました。 ハーゲン・ビーザンツ(Hagen Biesantz)は、彼の代表の時代に、特に、芸術史的な領域での仕事に集中しました。1987年から1991年までは四人の共同運営により、マンフレッド・ク リューガー(Manfred Krüger)は狭義の意味で、美学に対して責任を担い、ハインツ・ツィン マーマン(Heinz Zimmermann)は言語学に対して、カール-マルティン・ディーツ(Karl-Martin Dietz)は文化史に対して、そしてミヒャエル・ボッケミュール(Michael Bockemühl)は芸術史 と美学に対して、それぞれ責任を担いました。 ハーゲン・ビーザンツが1991年から死去する1996年まで再び部門代表についたのち、1997年にまず暫定的なコレギウムが形成され、1999年末に、マルティナ マリア サムが 部門代表として招聘されました。
過去7年の部門の重点課題は以下のとおりです。
1 世界における部門活動を広く知覚し、擁護し、発信すること(目下、アルゼンチン、 オーストラリア、ブラジル、ドイツ、フランス語圏の国々、イギリス、日本、ニュー ジーランド、オランダ、北アメリカ、スイスに部門のグループ、イニシアチブが形成さ れている。)
2 公開の会議の企画、特に文化史的な領域における(公教育的な推進の育成として) 3 専門者向け会議の企画(様々な領域で仕事し、研究する人々のために。できる限り他 部門と協働する。) 4 様々なテーマに対する研究グループの形成、特に普遍的精神科学的な問題、美学の専門的方法の問題、様式論、ルドルフ・シュタイナーの言語、マントラについて 5 出版(年誌、会議レポート、回覧誌、企画カレンダーなど)
研究の集約
全ての部門活動の中心は、様々に異なる現象形式と時代における言語とともに、仕事を形 成しています。詩作において、ジャーナリズムにおいて、専門テキストにおいて、マント ラにおいて。アントロポゾフィー的な内容が今日、言葉としていかに表現されるべきか、 という問いが立てられている現代において、つまりルドルフ・シュタイナーを現代ドイツ 語に「移行」しなければならないのか、そもそもマントラの内容を他の言語にいかに翻訳 しうるのか、若人が言語に対する意識的な関わりをいかに発展させることができるのかな ど、言葉の意識の恒常的な育成を形成し、特にルドルフ・シュタイナーの独特な言葉の言 い回しに対する理解を絶えず育むことこそ、部門活動の本質的な基盤です。 それ以外に、美学部門においては常に方法論的な問題に取り組んでいます。イマギナティ ブな認識の基盤や、映像の概念についてです。 未来への抱負としては、固有の研究機関の設立であり、そこではそれぞれの専門領域が、 同時代的な学問の知覚を、専門的な原理の研究と結び付ける個人によって代表されるでしょ う。様々な領域の協働は、精神科学的な方法論の問題に対して集約した仕事を可能とする でしょう。それによってまた、他の部門や研究機関との協働も強化されるでしょう。それ は目下のところ、手が回らないため散発的に生じているだけなのです。
1】なお英語ではLiterary Arts and Humanities Sectionと表記されている。
出典:
Die Freie Hochschule für Geisteswissenschaft Goetheanum, Zur Orientierung und Einführung, 2008 Dornach, S. 83-88
翻訳:石川 恒夫